光はいつも人の外側にある。
朝になれば窓から入り、昼には街を渡り、夜になれば道路を照らす。止まることはなく、誰かのために向きを変えることもない。世界は光で満ちている。
太陽を離れた光は、空を渡り、街へ降りる。街灯からこぼれ、ヘッドライトから伸び、ネオンに滲み、ディスプレイから放たれる。窓に当たり、鏡で返り、ガラスで曲がり、世界の形に合わせて行き先を変えながら進み続ける。
朝になればカーテンの隙間を抜け、窓ガラスを滑り、机の角にぶつかり、コップの水で折れ曲がり、床へ広がる。昼にはビルの窓を空に変え、車のボンネットを走り、自転車のスポークで細かく裂ける。夕方には電車の窓へ長く貼りつき、夜になればヘッドライトとして道路を削り、テールランプとして赤い軌跡だけを残して遠ざかる。街灯は交差点へ円を落とし、自動販売機は誰もいない住宅街で商品だけを照らし続ける。
雨が降れば、光は濡れたアスファルトの上を這い、水たまりへ街を沈める。ショーウィンドウでは通行人と商品を重ね、眼鏡の縁で跳ね返り、指輪を一周し、ナイフの刃で細く裂け、瞳の表面に小さな白い点を残す。川を流れ、海でほどけ、雲の縁を白くなぞり、葉脈を透かし、蜘蛛の糸を浮かび上がらせる。光は何かを選ばない。何かを理解もしない。ただ当たり、返り、消え、また別の場所へ現れる。
人はときどき自分の中にも光があると言う。
不思議な言葉だと思う。
光はいつも何かと何かの間を移動している。空と街の間を。窓と床の間を。ガラスと雨粒の間を。海と雲の間を。瞳と世界の間を。光は通り過ぎることはあっても、どこかに住み着いたことはない。
光は今日も窓を抜ける。ガラスで曲がる。雨粒で砕ける。水面で揺れる。道路を照らす。ビルに反射する。誰かの瞳に映る。そして、そのまま次の場所へ移っていく。
誰のものにもならない。
TOKYO LOOKS CLUB

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