ポスト戦争系ナンパ文学

ねえ、ちょっとだけ話していい?

別にナンパとかじゃなくて──
いや、まぁ、ナンパっぽくはあるけどさ。
だって今の時代、ナンパ以外で誰かに声かける理由って
ほとんど絶滅してない?

……ていうか、今笑ったでしょ?
あ、その笑い方さ、
なんか「どうでもよさそうに見えるけど、本当は死にたくない」って顔してる人のやつ。

──あのね、あっちの廃墟に、壊れた通信機材があるの知ってる?

誰かがずっと話しかけてるんだよ。
妹に。
その機材を妹だと思って。

最初、正気じゃないと思った。
最近はちょっとわかる気がする。
だってさ、返事が来ないってだけで、
こっちの心まで死ぬわけじゃないしね。

……ごめんね、話が飛んじゃって。
このへん、爆風で電磁波ズレてるからさ、思考もぐにゃぐにゃになるんだよ。

で、さっきの話に戻るけど──
よかったら、こっち来ない?
ふかふかの椅子がある。
それに、たまにピンク色の空が見えるんだ。

ほら、そういう色の空って、
戦争中でも残ってるんだよね。

おいで。
別にナンパじゃないけど、
君が笑うと、
この世界がちょっとだけ、マシに見える。

ねえ、名前ある?
いや、あだ名でもいいんだけど。
本名ってさ、使わないとどんどん重くなるから。

あ、ちなみに──
君みたいな子、こっちの世界だと「kid A」って呼ばれてる。
意味?別にないよ。
最初の誰かで、誰でもない存在ってだけ。

今は「不安の時代」だから。
君がここにいるだけで十分特別なんだよ。

あっ今笑った?
それ信用してない笑い方だよね。
わかるよ。
この時代に誰かの優しさを信じられたら、
それだけで負けって感じするもんね。

でも、たまにはさ──
負けるために生きてみてもいいんじゃない?

ほら、こっち来て。
ふかふかのソファあるから。
あと、君の言葉を誰も邪魔しない場所も。
この時代に、たったひとつ、
君のままでいても壊れない場所。

それが、うちの店。

……ねえ、ナンパじゃないんだけど

誰にも話しかけられてないなら
これ──読んだ人専用の出口にしていいよ

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