もうボノ呼ぼ!早くサビ聴かせて
Neutrality helps the oppressor, never the victim.を雑に見えてマジで重いって話
『Kiss the Future』を観て「ボノって説教くさいだけじゃなかった…やばい…」ってなってからの思考経路って大体こうです:
- 最初「U2ってフツーのバンドじゃないの?」
- 映画観て「語り長すぎ、寝た」
- 最後ライブで「泣かされた」
- 「あれ、今の世界こそこのライブ必要じゃね?」
- → 感染:ボノ思想ウイルス、脳に直撃
- 結果:「政治語りたいっすね…」←いまここ
この流れただの感動エンタメじゃなくて思考のロックドリルなんすよ。
で、その中でも急に突き刺さってくる一言がこれ:
Neutrality helps the oppressor, never the victim.
(中立は抑圧者を助け被害者を助けない)
これってどういう意味?
この言葉、実はエリ・ヴィーゼル(ノーベル平和賞を受賞したホロコーストの生存者)の引用で
ボノはそれをライブやスピーチの中で繰り返し使ってる。
論理的に分解するとこんな構造:
中立って沈黙のふりをした重力
誰の味方でもないような顔をして
実は弱い側だけをゆっくり沈めていく。
この静かな重力を無視できるのは
空の高いところにいる人だけ。
2. 不平等な状況では「何もしない」は現状を黙認することと同じ
→ 現状が「誰かが苦しめられている」「誰かが権力を持っている」場合
何もしない人は権力を持っている側の秩序維持に間接的に加担してる
3. だから「中立」は優しそうに見えて残酷な選択になりうる
つまり「中立=正義」とは限らない。
声を上げないという選択は意図せず抑圧側の延命措置になってしまう。
例えるなら:
- いじめが起きてる教室で見て見ぬふりをした
- 戦争が起きてる時に「どっちもどっちだよね〜」って言う
- 差別の話題で「俺は何も言わないことにしてる」って決め込む
こういうの全部、中立という名の関与だという話
なぜボノがこの言葉を持ち出すのか?
彼にとって音楽はエンタメじゃなくて「行動と声のメディア」。
ライブで「俺の声はもう出ない。君たちが歌ってくれ」って言った時
あれってただの演出じゃなくて「次はお前の番だ」っていう指名なのよ。
U2は「音楽で世界は変えられない」と思ってない。
むしろ「音楽で変えようとしないやつが多すぎる」と思ってる。
だから中立でいることに疑問をぶつける。
行動しろ。歌え。黙るな。って。
やばい?ロックなのにここまで思想持ってんの。
結論:
「Neutrality helps the oppressor, never the victim」って
現代の状況——戦争、差別、経済格差、情報操作——全部に刺さる言葉。
そしてそれをサングラスで言ってくるのがボノ。
もはや歌じゃない。説教型レーザー兵器。
なので迷った時はこの一言を思い出してこう叫ぼう:
もうボノ呼ぼ!!早くサビ聴かせて!!!
なぜならそのサビにはちゃんと意味があるから。
追記:Kiss the Seat
映画館には観客が3人しかいなかった。
たった3人。それなのに——俺の好きな最前列はすでに埋まっていた。
この体験が意味することは1つ。
「文化の前線には常に誰かがもう立ってる」ということだ。
戦争でも、音楽でも、映画でも、感情でも。
最前列は観るじゃなくて受け止める場所。
その席に座っていた人物と
中段で悔しく寝落ちした俺のあいだに流れていたのは
ただの視線の距離ではなく覚悟の差だったのかもしれない。
でもボノは言ってた。
「この歌は俺のものじゃない。君たちのものだ。」
だったらあの最前列も俺のものじゃなかったんだ。
——みんなのものだったんだ。
もうKiss the Futureじゃ足りない。
Kiss the Seat.
文化の前線にいつでもキスできるように。
ボノが言っていた
歌は誰かのものじゃない
だから沈黙もまた誰かのものじゃない
声を上げる瞬間に人は自分の未来を取り戻す
——だから迷ったらサビを聴け
世界の続きを歌うのはいつだってあなた自身
映画の帰り道
横浜の夜風が妙に冷たくて
「あ、今のわたしは世界の問題じゃなくて自分の沈黙と戦ってたんだ」
と気づいた











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